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秋田地方裁判所 昭和46年(わ)115号 判決 1976年4月05日

被告人 大瀧勉

昭二五・一・二〇生 元秋田大学学生

濱中章一郎

昭二三・二・二四生 新聞配達員

主文

被告人大瀧を懲役四月に、被告人濱中を懲役五月に各処する。

この裁判確定の日から、被告人大瀧に対し一年間、被告人濱中に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、昭和四六年一一月一〇日午後四時ころから秋田市内において行なわれた「一一・一〇集会デモ実行委員会」(代表者被告人濱中)主催の沖繩返還協定批准反対を訴える集団示威行進に秋田大学学生ら約五〇名とともに参加したものであるが、右集団示威行進には秋田県公安委員会から許可条件が付されていたので、これに違反する行為の予防、制止等のため、秋田県警察官らがその警備にあたつていたところ、

第一、被告人大瀧は、右集団示威行進に参加中の同日午後六時七分ころ、同市千秋明徳町二番一号滝不動産広小路営業所前付近路上において、右任務に従事していた同県警察官平野幹次、同相場信広に対し、所携の竹旗竿(昭和四八年押第三六号の二の一、同押号の三、但し当時は二本がつなぎあわされており、これに同押号の二の二の旗が付されていた)で数回突きかかる暴行を加え、

第二、被告人濱中は、右集団示威行進に参加中の右同日午後六時五三分すぎころ、同市中通四丁目一三番二号レストラン東洋軒東横付近路上において、右任務に従事していた同県警察官関政人に対し、所携の竹旗竿(右同押号の五、但し当時はこれに同押号の六の旗が付されていた)で同人の右胸付近を二、三回突き、その頭部をヘルメツトの上から二、三回殴打する暴行を加え、

もつてそれぞれその職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人および弁護人らの主張に対する判断)

被告人および弁護人らは、前判示の被告人らの各暴行行為の存在を争い、さらに警備警察官らの職務執行が違法であると主張するので、以下順次判断する。

一、本件示威行進の概要と事件の発生

第六回公判調書中の証人豊島健也の供述部分(以下、公判調書中の供述部分については、単に証人豊島健也(第六回)の供述部分というように示す。)、証人高橋正三(第七、第八回)、同熊谷一成(第二一回)、同伊藤通孝(第二五回)および同下山昌一(第二七回)の各供述部分並びに司法警察員作成の「示威運動(示威行進)許可申請書の受理および許可書の交付状況について」と題する書面を総合すると、次のとおり認められる。

本件示威行進には、秋田県公安委員会により、道路交通等保全に関する条例(昭和二四年秋田県条例第二五号、以下本条例という。)四条三項に基く許可条件として、(一)刃物、鉄棒、こん棒、石、爆発物その他危険な物件は一切携帯しないこと、(二)ジグザグ行進、うずまき行進、逆転行進、すわり込みまたはことさらなおそ足、かけ足の行進もしくは停滞あるいはいわゆるフランス式デモなど一般公衆に対して迷惑を及ぼすような行為をしないこと、(三)行進中旗竿、プラカードなどを利用してスクラムを組み、またはこれらを振りまわすなど一般公衆に対して危険を及ぼすような行為をしないこと、との条件が付されていた。ところで、デモ隊の人数は、前同日午後四時ころ秋田大学教育学部を出発したころは四〇名前後であつたが、途中午後六時ころ千秋公園で集会を持つてから以後においては約五〇名となつた。そのデモ隊の隊列構成は、七名の旗持ち(以下旗持ち集団という。)が横二列で先頭に立ち、その後にその余の者が三列縦隊で続くというものであつた(以下この後続デモ隊をデモ本隊という。なお、単にデモ隊というときは、旗持ち集団とデモ本隊の双方をさす。)。一方これに対する警備には総勢一三三名の警察官が動員されたが、このうちデモ隊そのものの規制にあたつたのは六八名の警備実施隊であつた。警備実施隊は二個小隊(各三四名)からなり、交代で一方が後述の並進規制にあたり、他方はデモ隊がデモ行進コースから逸脱しないよう小路等に規制線を張る職務についた。デモ隊が千秋公園で集会を持つまでは並進規制はなされなかつたが、千秋公園での集会を終りセントラルデパート前を右折するころからデモ隊が前記許可条件で禁止されているジグザグ行進をし、道路に広がつたため警備実施隊はデモ隊の右側(車道寄り)を二列程度で並進するいわゆる並進規制に入り、以後右規制は若干解かれたことはあつたが、おおむねデモ隊が解散する午後七時半ころまで継続された。そして、判示第一、第二の事件は、デモ隊と並進ないし阻止の職務についていた警備実施隊との間に生じたものである。

二、判示第一の暴行行為の存在について

判示第一の事実の認定に供した前記証拠の標目欄記載の各証拠並びに証人渡辺敏夫(第二三回)、同伊藤通孝(第二五回)の各供述部分を総合すると、判示第一事実の前後の状況は次のとおり認められる。

判示第一事実現場付近のデモ行進コースは、広小路通りを西進して滝不動産広小路営業所角交差点を右折し、秋田警察署裏へ進むというものであつた。そこで、右交差点西端協働社前には、児玉警部補の指揮する第一小隊がデモ隊の直進を防ぐため二ないし三列で阻止線を張つていた。また、平野警部補の指揮する第二小隊のうち右平野および一個分隊一一名(一小隊は三個分隊からなる。)は旗持ち集団に並進して右交差点内に入つたが、同交差点内で旗持ち集団が一時停止したので、同集団から一旦離れて停止し、同集団が右折開始の態勢をとるのに合わせて右折し、同交差点北東角の滝不動産広小路営業所前に二列横隊に並んでデモ隊を誘導する態勢をとつた。ところが、旗持ち集団はデモ本隊から六、七メートル先に立つて同交差点内に入り、一旦停止したのち、横一列になつて竹旗竿を前に倒し直進する気配を示したが、直ちに右折方向に向きを変え、同様に横一列に並んで突然右平野らの分隊に突きかかつた。その際、被告人大瀧は、旗持ち集団の進行方向に向つて右側から二、三人目に位置していたが、最初に右集団から飛びだし、所携の竹旗竿で右並進規制部隊前列先頭の平野に突きかかり、平野が指揮棒でこれを払いのけると左隣の相場の大だてに二回位突きかかつた。このころにはデモ本隊も右交差点内に入つて同所で停滞したため、児玉警部補の指揮する前記阻止部隊は速やかに右折させるべくこれを斜め前に押し出すようにして規制し、デモ本隊に並進してきた第二小隊の二個分隊もこれに密着して誘導右折させようとしたので付近は一時混乱したが、平野は被告人大瀧の右暴行を認め、その竹旗竿をつかみ、吉田梅三郎巡査らの協力を得て同被告人を逮捕した。

被告人大瀧は、右暴行を否認しているが、右被害者ないし逮捕者たる平野、相場および吉田は、いずれも被告人大瀧の暴行を極めて近接した距離で目撃していたもので、その証人としての前記各供述部分は判示暴行の状況および被告人大瀧の特定につきほぼ一致しており、その信用性に疑問を生ぜしめるような事由はなく、また、前記佐藤孝明作成の写真撮影報告書に添付の写真も、同人の証人としての前記供述部分に照らせば被告人大瀧の判示暴行を裏づけるものである。被告人大瀧の判示暴行の証明は充分である。

三、判示第二の暴行行為の存在について

判示第二の事実の認定に供した前記証拠の標目欄記載の各証拠並びに証人下山昌一(第二七回)の供述部分および同岡本武雄の当公判廷における供述を総合すると、判示第二事実の前後の状況は次のとおり認められる。

判示第二事実現場付近のデモ行進コースは、秋田鉄道管理局前を右折して中央通りを西進し、秋田銀行駅前支店前交差点を左折するもので、デモ行進コースの終りに近いところであつた。ところで、デモ隊が同管理局前を右折してからはデモ行進コース左側のすべての小路に前記協働社前におけると同様に阻止線が張られたが(阻止部隊は歩道を走つてデモ隊の先に立ち小路に阻止線を張ることをくり返した。)判示東洋軒東横小路(以下本件小路という。)には平野小隊の一個分隊の一〇名位が二列横隊で中央通り車道にかかるような位置に阻止線を設けていた。また、当時、並進規制部隊としては児玉小隊の六、七名が旗持ち集団の規制にあたり、児玉小隊と平野小隊の一部約三〇名がデモ本隊の規制にあたつていた。ところが、旗持ち集団が本件小路東隣りのなかよしスーパー前を行進しているとき、同集団後列歩道寄りを行進していた下山昌一の旗竿が歩道上の警察官に接触し、さらに同スーパー前のアーケードポールに触れて折れたが、その直後ころデモ本隊はジグザグ行進にうつり、その中止を求める警察官の警告に従わず、先頭部分が本件小路の阻止部隊に突きあたつたため、中には転倒する警察官もあり、阻止線前列西端近くに位置していた警察官関はデモ本隊員からタテの上部を引つ張られて右手を離し、左手でタテの中央部取手を握つて前かがみの体勢になつた。このためデモ本隊に並進していた部隊はデモ本隊を歩道側に圧縮し、デモ本隊は付近に停滞した。これをみてデモ本隊から三メートルほど前方にいた旗持ち集団は反転し、同集団前列の被告人濱中は右のように前かがみになつていた関に対し所携の竹旗竿でその右胸付近を二、三回突き、さらに同人の頭部をその着用していたヘルメツトの上から二、三回殴打した。そこで旗持ち集団に並進していて右暴行を認めた清水誠一は同被告人の右腕をつかみ、他の警察官と共にこれを逮捕した。

被告人濱中は右暴行を否認しているが、右被害者ないし逮捕者たる関および清水はいずれも被告人濱中の暴行を極めて近接した距離で目撃していたもので、その証人としての前記各供述部分は判示暴行の状況および被告人濱中の特定につきほぼ一致しており、その信用性に疑問を生ぜしめるような事由は認められない(なお証人永井隆次(第一二回)の供述部分は、右犯行現場の特定に混乱があり、判示暴行の目撃状況に関する供述の信用性には疑問をさしはさむ余地があるが、暴行前後のデモ隊の行進や警備の状況等については本項冒頭記載の各証拠に照らしその供述に信用性があり、結局被告人濱中の判示暴行の証明は充分である。)。次に弁護人は、右暴行当時の被害者関の姿勢や現場の混乱状況からして、被告人濱中が判示の如き暴行に及ぶことは不可能であると主張する。しかし、前記証人関の供述部分によれば、同人はデモ本隊員に自己の腰より低くなる位にタテを引つ張られ、左手を伸ばしてタテ中央部の取手を握つているところを突かれたというのであり、かかる姿勢のところをその右胸付近を突くことは可能というべきである。また前記証人清水の供述部分によれば、本件小路の阻止線に突きあたつたのはデモ本隊の先頭部分であり、付近にデモ隊員が密集してきたという状況はなく、一方並進規制部隊は旗持ち集団の反転行為を全く制止できなかつたというのであるから、被告人濱中は判示暴行に及び得たものと認められる。

四、本条例の違憲性の主張に対する判断

弁護人らは、本件示威行進に対する警備実施は専ら本条例違反の取締りを目的として行なわれたものであるところ、同条例は憲法に違反する無効のものであるから、その取締りのための警備実施警察官らの職務執行は違法であると主張する。そして証人豊島健也(第六回)、同熊谷一成(第二一回)の各供述部分によれば、本件警備実施は本件示威行進に伴う本条例違反の取締りを主たる目的としたものと認められるので、以下弁護人らの主張について判断する。

(一)  弁護人らは、およそ表現行為に対する規制は必要最少限度のものでなければならないところ、集団示威行進に対しては、その内在的制約を越えた行為につき、刑法、警察官職務執行法(以下警職法という。)等による事前規制が可能であり、その事前規制としてはこれで充分であるが、本条例一条、四条一項、三項は、集団示威行進につき許可制をとり、許可にあたつては必要と認める条件を付し得ることとして、これに必要最少限度を越える事前規制をするものであるから、憲法二一条一項に違反するとともに、事前に行政措置によりその自由を制約するものであるから、事前の検閲として、同条二項にも違反すると主張する。

しかし、道路等公衆の用に供する場所を利用する集団示威行動は、必然的に一般公衆の交通に影響を与えるばかりでなく、ひいてはその集団に内在する人的集合体自体の力、即ち一種の潜在的物理力が内的外的誘因によりにわかに顕在化し、公共の安寧と秩序に無視し得ない影響を与えるような不測の事態をひき起す危険性をもはらむものであるから、警察の管理にあたる公安委員会があらかじめその日時、場所、態様等を知り、諸般の事情を考慮のうえこれに対する必要且つ最少限度の事前措置を講ずることには合理性があり、集団示威行動についてその届出を義務づけることは、公共の安寧と秩序維持の見地からする表現の態様に対する制約として是認さるべきものであつて、憲法二一条二項で禁止する表現そのものの検閲に該当するとはいえない(最高裁昭和二九年一一月二四日大法廷判決、刑集八巻一一号一八六六頁)。しかるに、本条例一条は文言上は集団示威行動につき公安委員会の許可を要件としているが、同条例四条一項はこれを不許可にできる場合を「公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認められる場合」と厳格に制限し、また同条例六条による委任によつて定められた同条例の施行に関する規則(昭和四四年秋田県公安委員会規則第三号、以下本条例規則という)五条二項は、集団示威行動開始の二四時間前までに不許可処分がなされないときは許可があつたものとみなす、と規定しているのであるから、本条例一条の定める許可制はその実質において届出制と異ならないものというべきである(最高裁昭和四七年(あ)第二一四六、第二一四七号事件、昭和五〇年九月三〇日判決)。なお弁護人らは、本条例による許可を受けるため申請者は警察当局との不当な事前折衝と妥協を余儀なくされているのが実情であると主張するが、条例の運用面における違法不当は具体的許可条件の無効を来たすことによつても、直ちに条例そのものの効力に影響を及ぼすものではなく、また本件示威行進の許可にあたり右の如き違法不当な事実があつたことを窺うに足る証拠はない。次いで、本条例四条三項は「参加者が秩序を紊し又は暴力行為をなすことによつて生ずべき公衆に対する危害を予防するため必要と認める条件を付することができる。」と規定しているが、同条項は、後述のとおり、集団示威行動の態様につき具体的状況に即した条件を付することによつて公衆に対する危害防止に必要な最少限度の規制をしようとするものであつて、集団示威行動による思想等の表現そのものを制限する趣旨のものではないし、また、これを受けて本条例規則六条は、右条件を(1)刃物、こん棒その他危険な物件の携帯の禁止又は制限に関する事項、(2)蛇行進、うずまき行進、すわり込みその他公衆に対し、危険、又は著しい迷惑を及ぼす行為の禁止又は制限に関する事項、(3)行進隊列の区分等示威運動の統制保持に関する事項、(4)公衆に対する危害を予防するため必要やむを得ない限度における場所、行進路又は時間の変更に関する事項、の範囲内で付し得るものとしているところ、右事項を検討するに、(1)、(2)については、その定める物件の携帯や行為は集団示威行動による思想等の表現のために必要不可欠なものではなく、これを制限しても憲法上保障されている表現の自由を不当に制限するものとはいえず、(3)、(4)については集団示威行動による表現の自由とこれによる一般公衆の交通に対する支障との調和を図るための最少限必要な事項であり、以上いずれも集団示威行動についてその思想等の表現の態様を公共の安寧と秩序維持の要請に調和させるためのやむを得ない制約にほかならず、それ自体直ちに憲法二一条一項に反するものとはいえない。

(二)  弁護人らは、本条例四条一項の前記不許可要件たる「公共の安全を危険ならしめるような事態」における「公共の安全の危険」、および同条三項の前記条件付与の要件たる「公衆に対する危害を予防するため必要と認める条件」における「公衆に対する危害」とか「必要と認める条件」はいずれも表現行動を事前に規制する要件としては具体性、明確性を欠き、許可および条件付与の任にあたる公安委員会の裁量の余地が極めて広範であり、集団示威行動における表現の自由を不当に制限するおそれがあるので、右条項は憲法二一条一項に違反するとともに、右条項が同条例五条の罰則の構成要件となつていることからして、右構成要件の不明確をもたらすから、憲法三一条にも違反すると主張する。

たしかに右文言自体をみればそれが抽象的包括的な概念をもつて構成されていることを否定し得ないが、およそ法文の解釈は当該文言のみから形式的になされるべきものではなく、その立法趣旨、他の条項との関係等を考慮してなされるべきものであることはもちろんである。そして本条例前文およびその全体の規定を統一的、有機的に解釈すれば、本条例の目的は単なる道路交通秩序の維持にとどまらずこれを越えた公衆一般に対する危険の防止を目的とするものと解されるから、右条項にいう「公共の安全の危険」とか「公衆に対する危害」とは、平穏で秩序正しい集団示威運動に通常伴うところの一般公衆の交通の支障の程度を越えて集団示威運動が道路等における秩序を乱し又は暴力行為にまで及ぶような事態をいうものであることは明らかであり、不明確であるとはいえず、また「必要な条件」の意義について右事態を予防するための集団示威行動の形態、行動の態様に対する必要最少限の条件を指称するとの解釈を導くことは、本条例の前記目的に照らして何ら困難ではなく、これまた明確性に欠けるとはいえない。その他右条項に表現の自由を不当に制限するような不明確さがあるとは解し難いから、同条項が憲法二一条一項に反するとはいえない。さらに本条例四条三項は同様に公安委員会に許可条件の付与を委任する要件を定めた規定として不明確とはいえないから、同条項が憲法三一条に違反するともいえない。

(三)  弁護人らは、本条例四条三項にもとづく許可条件の付与は「公衆に対する危害」の具体的危険が確実に予見できる場合に限定さるべきであるところ、本件示威行進においてはかかる事情があつたとはいえず、また付された条件も不明確なうえ、条例四条三項にいう「公衆に対する危害を予防するため必要な」事項にとどまらず、示威行進者の自由に属すべきことや公衆が単に迷惑するに過ぎない事項の禁止をも含むものであり、結局本件許可処分(もしくは本件条件付与)は憲法二一条一項、三一条に違反すると主張する。

よつて検討するに、本条例四条三項は、集団示威行動そのものを禁止し或いは集団示威行動による思想等の表現そのものを制限する趣旨のものではなく、その態様につき道路等における秩序を乱す等の行動を制限し、公衆に対する危害を予防することを目的としているのであるから、現に公衆に対する危害が切迫している場合に限り同条項にもとづく条件付与が許されると解するのは相当でない。そして本件示威行進に付された条件は前示のとおりであるが、これらの条件には不明確な点は存ぜず、これらによつて示威行進による表現の自由の本質的部分が害されたとは認められず、また右条件はいずれも単に道路交通における秩序維持を越えて公衆に対する危害行為に発展する可能性のある行為を防止せんとする趣旨の下に出たものであつて、その内容は右趣旨に照らして相当性があると認められるから、同条項による委任の範囲を逸脱した違法不当な条件ということはできない。

五、本件各犯行時における警察官の具体的職務執行の違法性の主張に対する判断

(一)  弁護人らは、本件各犯行時における警察官の職務執行は警職法五条の要件を欠く違法なものであると主張するので、以下判断する。

(1) 判示第一の犯行時について

当時のデモ隊および警備実施隊の行動は、前記二に認定したとおりである。すなわち、同犯行の被害者である平野、相場両人の属していた分隊は本件交差点に入つてから被告人大瀧の本件犯行に至るまで同人の属する旗持ち集団に対し実力を伴う規制行為には出ておらず、阻止線を張つていた第一小隊についても同様である。もつとも証人渡辺敏夫(第二三回)、同伊藤通孝(第二五回)の各供述部分中には、本件交差点内において旗持ち集団も第一、第二小隊に圧縮されたうえ右折させられたとするが如き部分があるが右両名ともデモ本隊に所属していたもので、先行旗持ち集団の動きについてはいずれも充分にこれを目撃していないのであり、また前記二、のとおり旗持ち集団は本件交差点内において横一列になつて阻止線に正対したのち右折方向に同様に横一列になる行為に出ており、さらに証人相場信広、同吉田梅三郎(各第一〇回)の各供述部分によると、旗持ち集団が本件交差点内にあつた時点においては、阻止部隊と平野、相場らの分隊との間には五メートル前後の距離があつたと認められるのであつて、これらの点からすれば旗持ち集団に対して本件犯行前に圧縮等の規制行為があつたとは認め難いところである。

そうだとすると、平野、相場らの分隊および阻止部隊の本件犯行時における旗持ち集団に対する職務行為は何ら実力を伴わない誘導行為ともいうべきものであり、かかる行為は警察法二条に定められた警察官の当然の職務行為であつて、その行為自体には警職法五条の要件を必要とするものではないというべきである。なお、デモ本隊に対しては前記のとおり阻止部隊と並進規制部隊が実力規制に出ているが、これは被告人大瀧の判示犯行後の行為であつて、同被告人の右犯行によつて妨害された右警察官の職務行為の適法性を左右するものでないばかりか、右実力規制の目的は、交差点内に前記許可条件に違反して停滞するおそれのあつたデモ本隊を本来のコースに速やかに進行させるためのもので、停滞の鎮圧排除を直接の目的としたものではなく、またその態様も警職法五条後段の制止行為といい得るものではなく、同条前段の警告行為としてデモ本隊に任意の右折を促すための動作とみるのが相当であるから、右実力規制もまた適法な権限の行使と認められる。

(2) 判示第二の犯行時について

同犯行の被害者である関の所属していた分隊は、前記三に認定したとおりデモ隊が正規のコースを逸脱しないよう阻止線を張つていたものである。

右職務行為自体は警察法二条に定められた警察官の当然の職務行為であつてそれ自体に警職法五条の要件を必要とするものではない。もつとも右犯行の直前デモ本隊に並進していた規制部隊がデモ本隊を圧縮する行為に出ているが、これはデモ本隊が前記許可条件に違反してジグザグ行進を行ない、警察官の警告を無視して右違反行為を継続する可能性があつたため、これを阻止するとともにデモ隊の隊列を正常な形に戻すための実力規制と認められる。ところで警職法五条後段は、未だ犯罪が現に実行されていない段階での制止の権限を警察官に認めたもので、その権限行使に厳格な要件が定められているのは、それが前犯罪行為を対象とするものであることによるものと解されるところ、現に犯罪が実行されている段階では、警察官は公共の秩序を維持するためにその犯罪を鎮圧する責務を有し(警察法二条)、その行為者に対し現行犯逮捕という強力な手段に出ることも可能であるから、右犯罪の行なわれている具体的状況に応じ、その裁量によつてあえて現行犯逮捕の手段に出ることなく、当面犯罪の鎮圧を図るためこれより軽度の警職法五条後段の制止程度の強制力を行使することも許され、この場合には同法条後段所定の要件を必要としないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記規制部隊によるデモ本隊の圧縮行為が行われた際には、現にジグザグ行進を禁止する前記許可条件に違反したことを内容とする本条例五条(四条三項)所定の犯罪が実行されており、当時の具体的状況からして前記認定程度の圧縮行為はその犯罪を制止して公共の安寧と秩序を維持するためにやむを得ない相当の規制行為と認められるから、右行為は警職法五条後段の要件を充足するか否かにかかわりなく、適法な権限行使と認めることができる。

(二)  弁護人らは本件各職務行為は本条例五条(四条三項)所定の条件違反行為を規制する目的で行なわれたものであるが、右違反の罪はその違反により公衆の生命、身体等に対する侵害の具体的危険が生じた場合に成立すると解すべきところ、本件各犯行時においてはいずれも未だ右の如き状況はなく、本条例五条、(四条三項)所定の罪は成立していないから、本件各職務行為は実体的根拠を欠く違法なものと主張する。

しかし、右条件違反の罪は、本条例五条の文言および同四条三項において条件付与を定めた前記立法目的に照らし、条件違反の事実のほかに、弁護人所論のような公衆の生命、身体等に対する侵害の具体的危険の発生をその成立要件とするものではなく、いわゆる抽象的危険犯と解するのが相当であるから(最高裁昭和四六年(あ)第四九九号事件、同五〇年九月二五日第一小法廷判決参照)、本件各犯行時において右具体的危険が発生していたか否かを問うまでもなく、弁護人らの右主張は前提を欠き採用できない。

六、弁護人らは、かりに被告人らに暴行行為があつたとしても、それは公務執行妨害罪の要件たる暴行には該当せず、また本件示威行進においては圧倒的多数の警察官が著しく過剰な警備を実施し、圧縮等の実力行使をしていたものであり、被告人らの暴行によつて生じた実害は極めて軽微であるから、被告人らの行為は可罰的違法性を欠くと主張する。

よつて判断するに、被告人らの判示暴行行為は長さ四メートルほどの竹製の旗竿で数回突きかかりまたは殴打するというものであつて、前記証拠の標目欄記載の各証拠によつて認められる警備実施警察官らの装備等を考慮しても、その職務の執行を妨げるに足るもので、公務執行妨害罪を構成する暴行にあたるものというべきあでる。さらに、本件示威行進がなされたのは夕方の交通の混雑する時間帯であり、行進コースは秋田市内の中心部であることを考えれば、前示の本件警備実施が集団示威行進を必要以上に制約する著しく過剰のものとはいえない。その他諸般の事情を考慮しても、被告人らの判示犯行の違法性が極めて微弱であるとはいえない。

以上のとおりであつて、被告人、弁護人らの主張はすべて採用できない。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為はいずれも刑法九五条一項に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人大瀧を懲役四月に、被告人濱中を懲役五月に各処し、なお情状に鑑み同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から被告人大瀧に対し一年間、被告人濱中に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により、いずれの被告人にもこれを負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 谷村允裕 飯塚勝 広田聰)

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